校名の由来

浅井 力(本校教諭・二回生)

本校の前身たる神戸四中で戦後一回だけ校友会誌が作られたことがある。昭和二十一年のことで、時の校長飯野竹二郎先生は、これに「星陵」と題された。

 「うーん、なるほど。」出来上がった雑誌を手にした我々当時の在校生が示した反応はこの一語に尽きた。それはこの語がこの付近一帯の通称「星ヶ丘」の謂いだなとの単なる理解に留まらず、「星陵」の簡潔にして荘重な感じと、それからの連想とを一言で蔽ったものである。「星」は我々の理想乃至は夢を象徴するに充分な語であったのだ。

 二年の後、県商との統合に際して、校名の問題に就いては「星ヶ丘高校」、「星陵高校」の二案が職員会議を通過し、生徒の意見も投票によって求められた。後者が圧倒的多数を占めた最大の因は、前記「星陵」の印象の強さであったのだ。

  【創立記念誌(昭和39年)より】