平成24年度文化講座「今を生きる」溝口兢一(高2)

~自然・科学技術・人間について考える~ 

 

 

 

 

 

 

 

秋晴れの10月20日、平成24年度第1回目の文化講座が開講されました。
講師は愛媛大学名誉教授 溝口兢一(みぞぐちきょういち)さん、
演題は『今を生きる ~自然・科学技術・人間について考える~』です。

溝口さんは神戸四中の4回生として入学、新制高校2回生として卒業されました。
その後、京都大学文学部哲学科に進まれ、博士課程修了後、愛媛大学・龍谷大学にて長年教壇に
立ってこられました。ご専門はハイデッガー哲学を中心とする近・現代哲学で、生涯教育の第一人者
でもいらっしゃいます。実は、星陵高校の歴史に於いては初の生徒会長であり、同窓会長でもあります。
そんな溝口さんに70周年記念事業でお目にかかり、この度縁あって文化講座の講師をお引き受け頂きました。

 

難しい内容ゆえ、今回は受講された皆さんの中から、33回生小野隆弘さんに感想をお願いしました。様々な学問があり、様々な職業がある。
様々な場所があり、様々な想い出がある。
そして、そこには自由度と幅はあるもの選ぶという余地がある。
大学での講義でなく、卒業した高校の「文化講座」という形で楽しげに講義を行った溝口氏にはどういう想いがあったのだろう。

溝口兢一氏は僕の母よりも年齢的に若いく、父よりさらに若い。
僕の祖父と父同様に神戸で第2次世界大戦を経験する。
神戸の空襲は忘れられがちであるが、僕の手元にある資料では伊川谷町潤和にある航空機工場に勤労動員されていた兵庫県第四神戸中学校(現在の星陵高等学校)の生徒も1945年の爆撃によって、3名が命を落としたとされる。
この3名が神戸市内の学徒のはじめての空爆犠牲者である。

そして、「終戦後、戦前・戦中の教育によって培われた価値観を根底から覆され」「それに代わる新しい人生観の確立」を求められる。
僕の祖父と父がそのような新しい人生観を追求したのかどうか、定かではない。
溝口氏はものごとに疑問を抱くことの重要性を説かれ、「人生観の確立」という課題を背負って哲学への関心を深めていく。
テクノロジーへの警鐘。テクノロジーを制御できる状態に留め、維持し続けることの重要性を彼は説く。
いかにして叡智を獲得し、巨大化しすぎたテクノロジーと戦うべきかを人として考えることが必要であり、その姿勢を持ち続けていくべきであると僕たちに話しかける。

現在確認されている生命体の中で、人は死を選択することも生を選択することも可能であり、哲学をすることも可能である。
残念なことだけれど、今の日本における人気のある学問として哲学・文学は含まれない。
それが人にとっていかに重要な分野であるのかを研究する意味を今、求められていないからだ。
重要視されているのはテクノロジー。

僕たちは豊かな表現の方法と柔軟な考え方を失いつつあるのだろうか。
テクノロジーだけでは乗り越えられない様々な問題をどのように解決していくのか。
専門分野のさらなる細分化によって、存在全体を見失っている僕たちがいる。
「モノ」も「数式」も総括して、俯瞰的に世界を見直す必要性を再認識する。
そう説きながら、彼の目にはなにが見えたのだろう。
懐かしきモノの消滅?それともそこから生みだされる新しき変化を受け入れること?
それとも想い出?
警鐘?

母校を訪れる際に、溝口氏に視野に入ってくる光景は美しく変化した垂水の街だったのだろうか、それとも尊厳性を失い続け、神戸の西の端に位置する衰退する垂水の街並みだったのだろうか。
今なお、疑問を抱くことの重要性を探求し続ける溝口氏はなにを感じたのだろうか。

哲学者は「神について触れない」と溝口氏は言う。
歴史的にみていくと、哲学は方向の修正を何度も行ってきている。それは正しい解のない問いへの模索であると共に、修正可能な学問であるからだ。時代の要請によって変化せざるをえない。
しかしながら、哲学の基本である「疑問を持つ」という姿勢は、哲学の分野だけがもつ特権ではない。
「今を生きる知恵」は溝口氏が体験してきた戦前の神戸、第2次世界大戦中の神戸、そして高度経済成長の日本を見てきた彼の中から僕たちが探し出さなければならない。
生きていくこととはどういうことであるのか、どう生き抜いていくのか。

溝口氏は現在、愛媛大学名誉教授として、「哲学・倫理学」を専門に研究を続けている。
彼が書いた1990年6月の「愛媛大学学報」に載った「<随想>共存の倫理」において、「共存」は環境世界の内で出会われる生物のみならず、無生物を含むすべての存在者との共存を意味する、としている。

テクノロジーの完全な否定ではなく、テクノロジーとの共存。

溝口氏のなぜ、母校での「文化講座」で新鮮で生気があふれている様子で、僕たちに語りかけることができたのかを僕は本当の意味で知りたいと思う。
そして、また機会があれば、直接、お話を伺いたいとも思う。本当の意味で僕たちは自由なのか、と。
状況に応じた機敏な対応が出来なくて、どうしてよいかわからないままぼんやりしている僕だけれど。

講師プロフィール
神戸四中(4回生)入学星陵高校(普通科2回生)卒業
京都大学文学部哲学科卒業
京都大学大学院文学研究科博士課程修了
愛媛大学法文学部助教授
同 教授
同学部長
同大学を定年退職(平成9年)後、龍谷大学文学部教授を経て
現在愛媛大学名誉教授

小野隆弘(33回生)