四中2回生最後の同期会開催

昭和52年1月、神戸四中2回生の会は初めて同期会を開催した。
きっかけは昭和20年1月19日川崎航空機西明石工場の爆撃により亡くなった同級生3名が33回忌を迎え、その法要を明石の朝顔寺で行い、その後垂水の料理屋で同窓会を開いたことである。その時、これから定期的に四中2回生の会を開催しようということになり、会名を学校の東口にかかっていた橋の名前青雲橋から「青雲会」と名付け、会長に村上陽一君、幹事に数名が選ばれた。今回で20回目を迎えたが、全員83歳と高齢でもうこれ以上続けることが出来ないので最終回となった。

平成24年10月11日午前10時、25名が垂水に集まり、タクシーに分乗。途中、我々が学んだ旧校舎(現垂水中学校)を車窓から見て星陵高校に到着。濱田校長先生と吉高教頭先生がお迎え下さった。

まず、濱田校長先生から校舎の概況のご説明があり、その後、校内を案内して頂く。多目的ホールの入り口には、同級生である石阪春夫画伯の絵が掛けられており、これについては石阪君から「原画は同窓会館の2階に掛かっているが、ここにかかっている絵は原画から複製したものである。陶器に転写して焼き付けてあるので何百年経っても変色しない。」と説明があった。素晴らしい絵に、同級生は鼻高々である。

 

 

 

 

 

 

その後、校長室に移った。ここには歴代校長先生の写真が掲載されている。トップは飯野校長先生と懐かしい石村先生からご薫陶を受けたことが先日のことのように思われた。また、校長先生は私達のために古い資料を色々と用意して見せて下さった。

 

 

 

 

 

 

その後、同窓会館に移り、校長先生から学校の現状説明があった。今年度は国公立の大学は100名以上の合格者があり、学業だけでなく部活動も全国レベルとなってまさに文武両道の高校になったと聞き、先輩として嬉しい限りである。

 

 

 

 

 

 

ここから舞子ビラに場所を移し、明石海峡をバックに記念写真の撮影。いよいよ会場に全員集合。

【会員報告】
車君の司会で事務局の横山昌司が会員報告

【これからの青雲会について】
長らく続いてきた「青雲会」の集まりは今回を以って終了しますが、「青雲会」は続け、皆さんに年一度近況連絡をはかる予定です。

【宴席】
持ち時間3分で始めた出席者全員の近況報告は、話したいことがいっぱいでついつい長くなるのも仕方がないことでした。

【抽選会】

【四中学徒の歌と四中省吾】
萩原君のソングリーダーで学生時代を思い出して大きな声で最後まで歌い切りました。

横山昌司(四中2回)