「『死ぬな!生きろ!』 わが恩師 藤原平五郎先生」門前 喜康(高23)

百田尚樹氏による小説「永遠の0」が、ベストセラーになり、漫画版が刊行され、去年12月には、映画が公開されて大ヒットした。ストーリーは、凄腕の零戦乗りが、周りから卑怯者と陰口をたたかれても「娘に会うまでは、絶対に死なない」との妻との約束を守り続けながら「特攻」となり、最期は米空母に突入し果てる。その零戦乗りの孫が、その生き様について、戦友の生存者を訪ね、祖父の人となりを辿って行くというストーリーである。

この作品については、政治的観点から賛否両論があるが、ここではそれはさて置く。

私がこの小説を読んで、思い出した星陵の恩師がいる。三年時の担任、藤原平五郎先生である。先生は、国語の担当で、特に古文を専門分野とされた。その授業は、軽妙でユーモアに溢れていて“人気”があった。そんな先生は、授業の中で折に触れ「いのちの大切さ」を説いてくださった。

藤原平五郎先生と小生

ある日の授業で、ご自分のこんな事を話された。

「僕は、太平洋戦争末期『特攻』だった。しかし、エンジン不調を理由に三度、基地に引き返した。そして、いのち長らえて今ここに立っている」。

あの戦争末期の状況下、先生の行動はどんなに大変であっただろう。想像に絶する。しかし先生は、その内容には一切触れず、「いのちの大切さ」を熱っぽく語られた。

そんな中、私たちは受験の時を迎えた。進路相談に訪れた私に「とにかく、自分のやりたいことに向かって生きろ。そのために進路を決めろ」と励ましてくださった。そして、私に受験課題として課せられた小論文について、七か月間一日も欠かさず朱を入れ続けてくださった。そのお蔭で私は大学に合格。その後、志望したメディアの仕事にも付けた。そして、十年余りが経ったある日、私が取材していた教職員のデモ隊の中に、真っ黒に日焼けした藤原平五郎先生の姿を見つけた。先生が高々と掲げた手書きのプラカードには、先生の丁寧な文字で「二度と戦争を起こすな!」と大きくしたためられていた。

来年は、敗戦から70年・・・・。このタイミングで、この文章を書かせていただけたことに感謝いたします。

『人生の操縦桿をぐいと引く 喜康』

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