「レイヤー的な動き方 ーこれまでとこれからー」太田 裕通(高60)

初めまして60回生の太田裕通と申します。星陵高校を卒業してから7年経ち、この春から京都大学大学院の博士後期課程に進学を予定しています。専攻は建築学ですが、建物の設計だけでなく都市のヒト・モノ・コトという複雑な関係を扱い、私たちの周りを取り囲む環境をどのように“よく”していこうか(デザインしようか)考えて日々研究や実践に勤しんでおります。

これまでのコラムを繋いでこられた先輩方に比べまだまだここで語るほどの経験があるわけではなく、逆に現役の子達に感覚的には近いとも思いますが、高校の頃から考えていたことが現在の活動にどのように繋がっているのかを書いてみたいと思います。最後までお読み頂ければ幸いです。

さて突然ですが、私には昔から「気持ち悪い」と感じていることがあります。それは社会のシステムの分離が人々の生活を縛り付けているということです。何のことかと申しますと、高校2年の時、突然決断を迫られる文理選択というやつです(その他にも縦割りの体制、平日週末の分離、住むことと働くことが分離した郊外的暮らし等、所謂“近代の目標”的な現象全般に対してなんですが、ここでは高校時代に絞りました)。私の場合は詳しくは覚えていませんが、確か“人並みの数学、人並み以下の国語”という理由によって理系を選んでいました(笑)。ただ、理系に進んでも文系的なものや芸術的なものにも漠然と関心があり、やりたいことが自分でもよく分かりませんでした。当時は「一つのことに特化して没入するよりも色々やりたいなあ」なとど欲張りな考えから悶々としていたように思います。

そういった中で建築の道を選んだのは、「有名な建築家にあこがれて」や「感動的な建築との出会いがあって」「ビフォーアフターが好きで」等という真っ当な理由(?)ではなく、「理系に来てしまったが、文系的な感じのもやりたいし、そういえば何か作ったりするのも楽しそう、、、」という建築という色々出来そうな可能性への期待からでした。敢えて言うならば“建築”という文字に惹かれたのかもしれません。

一浪をして京都大学に入ってからは24時間開いている製図室に籠って4年間建築設計演習に明け暮れていました。そして修士一回の夏、同期の友人と共に設計ユニットを立ち上げました。(http://brouters.tumblr.com/ ←HPです良かったらご覧になって下さい!)まだ活動期間は1年半程度ですが、幾つかのコンペやワークショップに参加してきました。

これは某コンペでの授賞式の様子。顔が強張っています、、、

旧貯水池の改修案を提案した某プロジェクトの模型。建築学科ではこういった模型はたくさん作ります、、、

このユニットを立ち上げたのも大学で与えられている課題や研究室でのプロジェクトだけでなく自分が中心となって社会と接点を持った活動がしたいという気持ちからでした。正直学生時代からこうした活動を始めることは比較的稀で、参考にする人たちも周りにあまりおらず、「とにかくやってみる」というアクションオリエンテッドな状態で始めました(こういった理性に基づかず取り敢えずやってみる行動を専門用語で、「brute action」、直訳で「理性の無い行為」と言うそうです。実はユニット名はこれをもじっています)。

そんな我々も一昨年10月から携わっていた京都大学の図書館での新たな学習スペースであるラーニングコモンズが去年の3月に竣工し、実作を持つこと出来ました。このプロジェクトは学生と図書館職員、教員から構成されるコラボレーションチームによる企画設計で、それぞれ所属が異なる者同士が同じ課題に対して取り組む様子はさながらそれぞれの持つ社会のレイヤーが交差するかのように感じました。その甲斐あって、学内では前例が無い、新しい事例となりました。デザインは、静かな学習とは異なる能動的な学習・対話を促す新たな学びの場にふさわしい環境を作り出すために、均質な図書館の空間に木の素材を使った柔らかな造作を挿入し、知的な光の揺らぎある躍動する空間を作り出しました。幸運なことにこのプロジェクトは学外で2つの賞を受賞しましたが、その結果よりもこのプロジェクトに関わったすべての人の思いが時間を掛けて一つの形になったことが嬉しく、これまで味わったことのない気持ちになりました。

京都大学附属図書館ラーニングコモンズの内観です。広々として気持ちのいい空間となっています。

ここで我々もレクチャーさせて頂きました。

授賞式の様子です。我々は日本空間デザイン協会DSA「空間デザイン賞2014」学生賞を受賞しました。

このように、気の多い、欲張りな性格のおかげで(?)、現在は大学院での研究活動だけでなく自身の立ち上げたプロジェクトで忙しい日々を送らせて頂いています。

このプロジェクトは廃校となっている小学校の魅力を再発見するために我々が企画した映像制作ワークショップ+展示上映会です。体育館を一日だけ映像を見ながら地元の方々と語り合うカフェへと変身させました。

また私は建築学専攻に席を置きながら、同時に5年1貫のリーディング大学院・京都大学デザイン学連携プログラム( http://www.design.kyoto-u.ac.jp/ )の一期生としも活動をしています。このプログラムは自分の専門領域だけでなく、design(『与えられた環境で目的を達成するために、様々な制約下で利用可能な要素を組み合わせて、要求を満足する人工物を生み出すこと』という広義の意味)をキーワードに他分野と協働しながらイノベーションを起こしていく人材を輩出することが目的であり、私にとってここに入ることに迷いはありませんでした。

2013年夏にバンコクで行われた建築・都市デザインワークショップ。現地の大学生と協働でバンコクの都市を対象にデザインの提案をしました。

もはや日常化してきたワークショップの様子。粘土やレゴ等を使って“考え”を“形”にします。

ここでこの数年の自分の動き方を振り返ると、タイトルにも書いたようにレイヤー的な動き方を意識的に行っている自分に気付きます。これは組織なり、コミュニティなり、自分が当事者として関わっている人のネットワークと活動領域の複合体(レイヤー)を幾つか持つことで、京大ラーニングコモンズの例のように自分を介してそれらが重なる瞬間が出来る。そういった瞬間に新しいことが出来る場がつくられるのでないかと思うのです。これはみんな自分が主役、ただその中でもメインを時と場合によって交換出来るような緩やかな関係性です(漠然としており伝わり難いかもしれません、、、私の中でもまだ整理がついていなからです、、、)。ただ勿論考え方の問題だとも言え、別にそう思わなければただの忙しい人です。近年様々な人が使っている“レイヤー”という言葉ですが、僕たちの世代はそれが当たり前の世代になっていくのではないかと予感しています。“2足のわらじ”というのはあまり良い意味で用いられませんが、これからの時代に何か新しいことを生み出していくには必要なことだと考えています。

この4月に京大ラーニングコモンズの第2弾として図書館内の新たな改修設計が完成します。こちらは京大の学部生の設計チームとの協働で現在進行中です。この春以降も自身の研究という本流を軸に、自主企画型設計施工のシェアハウス、デザインの評価のためのアプリ開発、某建築イベントのお手伝い兼アジア都市への行脚など、ワクワクするようなプロジェクトを予定しています。

高校の頃から感じていた漠然とした「色々やりたい」という想いは現在このように具体化されています。学外での動き、社会に対して責任を持った上で面白いプロジェクトをやっていく日々。勿論これらは全て一人では出来ません。私の話を面白がり、一緒に忙しくなってくれる友人や後輩たちに支えられて今の自分があります。この場を借りて感謝致します。

さて長くなってしまいましたが最後に一言。私はまだ20代半ばでありまだ何かを成したわけではないのですが、ある意味このタイミングでコラムを書かせて頂けたのは本当にありがたいことだと思っています。なぜならこのコラムが現時点でのある種の決意表明とも言えるからです。今後どのようになっていくのかはわかりませんが、一人の星陵OBとして皆さんに改めてご報告出来るようにこれからも全力で駆け抜けていこうと思います。