コラム「星陵生をたずねて」 50周年の回顧 田中孝輔(高10)

田中孝輔さん(高10)左から3人目 平成17年定例総会にて(右から吉岡昭一郎会長、中村喜一副会長、田中英一副会長、田中孝輔副会長、中尾清事務局長、藤井英明広報委員長) 

同窓会の活動は卒業30年後の昭和63年頃からである。同窓会定例総会を運営する担当幹事を我々10回生が引き受けることになり、それ以来理事、評議員として24年間に亘り同窓会に関わり合ってきたことになる。毎年開かれるポートピアホテルでの定例総会が同窓会にとって最大のイベントであり、母校の特色を発揮出来る唯一の催しである。担当回生が毎年順送りで趣向を凝らして生き生きと競い合っている姿は、多感な時代にタイムスリップしたかのようでとても新鮮である。参加する同窓生も毎年楽しみにしている。何といっても盛り上がるのは最後の校歌斉唱である。全員が高揚感に満たされる瞬間でもあり、明日への元気を与えてくれる。

同窓生の活動の原点は校歌に込められている。素晴らしい環境で生まれた校歌と自由でのびのびとした校風の中で育まれた伝統が卒業生の熱い想いとなって、同窓会の事業に一致して取り組む達成感を共有している。確かに、人はそれぞれ考え方に相違はあるが、卒業生として母校に世話になった感謝の気持ちを後輩に対してどのように還元していくべきかと常に考えていることが、事業をやり遂げる大きな力となっていると確信しているところである。

さて、在任中に思い出深い事業として、平成3年に執り行われた母校創立50周年記念式典・祝賀会、そして記念誌の発行などがある。これらは過去にない規模の大きな事業となったと同時に、同窓会が発展していく上での大きなベースとなったことは間違いなく、執行部の一員として誇りとしているところである。当時の同窓会執行部は橋本一豊会長(高3)、山田彰(高4)藤本一良(高5)両副会長をはじめとして発想豊かなメンバーが揃っていた。記念式典を実行するにあたって、会場選びが問題となった。在校生、同窓生含めて1500名を収容できる会場が市内には神戸文化ホールしかなく、希望日を押さえるために2か月前に5~6名で並んだこともあった。記念式典の舞台演出にはサンテレビの門田喜康さん(高23)が母校の象徴であった桜の木を舞台に模し、県知事挨拶ではセリ上がりの登場で場内を沸かした。知事も初めての経験と述べられご満足の様子であった。記念講演は橋本会長と同期の経済評論家内橋克人さん(高3)に在校生にもわかりやすく経済問題を論じていただいた。

50周年祝賀記念式典
平成3年度「星友」創立50周年記念特集より

祝賀会は場所を移してポートピアホテルで卒業生約1500名の参加があり、盛大に行われた。舞台で50周年賛歌「風にのって」を発表。作詞にあたり、児童文学作家の高浜直子さん(高8)は母校を訪れ、新鮮な風を感じたと動機を述べられた。作曲を手掛けた音楽家元スパイダース井上堯之さん(高11)は在学中に恩師と友人に支えられた恩返しにと快く出演を引き受けてくれた。これには同期で友人の吉田明治さん(高11)の後押しと、作曲依頼に東京まで出張した藤本一良副会長、堀久純理事(高7)の努力があった。記念式典、祝賀会の大成功も、一中、二中、三中には負けられないという執行部の熱い想いが原動力となっていたのである。全員が必ず成功させるとの信念で一貫して行動をしてきたことが、多くの関連事業を含め、すべてを大成功へと導いた。執行部の情熱は次の60周年まで継続された。

50 周年事業の最大の眼目は記念誌の発行である。記念誌は学校から発行されるものであるが、同窓会は全面的に協力し、編集委員も学校側と同窓会側それぞれで選出された。委員長には医師の是枝哲夫先輩(四中1)が就任され、学校側の責任者として坂本信哉先生が担当され、十数名でスタートした。四中の誕生から新制高校、垂水高校、県商との統合を経て星陵高校と変遷してきたが、記念誌の編集企画としてこの変遷を記す最後の機会ではないかと議論した。当時は四中生も健在であり、生き字引として貴重な体験を語っていただき、また原稿依頼にも気持ちよく応じていただき、資料提供もすべてではないが散逸せず保存されていたものもあり、四中の先輩方のご協力は大変心強いものであった。学校図書館には資料となるものは意外と少なく、多くの卒業生から協力を得ることが出来た。教職員・卒業生の回顧録、歴代校長先生・教職員の座談会などの企画は日程と出席者依頼などの調整で時間を要した。暑いさなかの開催で出席者にはご苦労をおかけしたが、有意義で貴重な座談会となった。通史では、四中から垂水高校時代の史実は今後80年、100年で語ることの出来ない内容であり、貴重な資料となるであろうと思われる。

星陵記念誌

 

 

 

 

 

 

 

 

 

60周年では会長 吉岡昭一郎(高7)、副会長 中村喜一(高7)、田中英一(高8)の諸先輩方と田中孝輔(高11)、中尾清さん(高15)が中心となり、記念事業として全同窓生の念願である同窓会館の建設に取り組むことになった。課題の建設資金を広く同窓生に訴えて募金活動を展開することで、原資を確保する目標を設定した。目標額までには達しなかったが、中村喜一同窓会館建設委員長の奔走で建設会社に協力を得ることで、平成15年3月に竣工式を迎えることが出来た。その後『星友館』と命名し、同窓会活動の拠点が漸く完成し、広く同窓生の集会などで使用されているところである。同窓会としては画期的な事業となった。当時の学校長の永幡校長先生は同窓会館建設には反対意見であった。今後、生徒数が減少していく中で空き教室が出てくるので、そこを同窓会活動に活用してはという意見であったが、同窓会の熱意に動かされたという裏話があった。他の事業として同窓会名簿(これを最後の発行とした)、記念誌が発行された記念誌は永幡校長先生自ら編集され、50周年以降の10年間を写真で綴られた。CDの発行もあり、次の70周年へと引き継いでいくことで使命を果たすことが出来た。

星友館竣工式 平成16年3月28日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後になりましたが、50周年から70周年にかけて共に同窓会に携わってきた山田彰さん(平成5~8年 会長)、藤本一良さん(平成5~8年 副会長)、中野利昭さん(高6 元評議員)、中村喜一さん(平成9~16年 副会長)、堀久純さん(平成5~8年 副会長)の先輩方が鬼籍に入られたことに大変寂しさを感じるとともに、あらためてご冥福をお祈りいたします。

平成13年10月3日~4日 50周年音楽祭芸術祭 於 母校多目的ホール