「武志の千夜一夜物語(1987年)」風穴 武志(高6)

1968年から88年まで、20数回行った出張の中で最大のピンチであった。1987年12月初旬、伊丹空港より香港ードバイ経由でジェッダ(サウジ)に入国。気温は29℃日本の10月の気温。ジェッダは紅海の良港で「アラビヤのロレンス」が足跡を残した地であり、日本の大阪のように商業都市である。その地で2月20日まで仕事を済ませ空路イエメン(ホデイダ)に移動。ホデイダはジェッダと同様紅海に面した北イエメンを代表する商業都市だがインフラ的には非常に劣っていた。気候はジェッダと同じで湿度が高く2月で20〜29℃。一人当たりの国民所得は約490ドル(1ドル強/1日)で後発開発途上国である。最貧国と云う表現は使わない。日本は25000ドル(300万円)1988年当時。宗教的にはイスラム教国で戒律の厳しさはサウジに劣らず、禁酒国で女性は8歳以上になると同席はない。

豪商・有力者の家、城壁の様

金曜日代理店D氏宅に招待され、私は当然のように大勢の招待客の主賓に祭り上げられた。家の容は盗賊から防衛の容になり、四方八方から見ると1階部分は小さく物置・ガレージ、その上に玄関ポーチ・客間・ダイニング・キッチンが乗っかっている形になっていた。忍び返しです。客間で街・地方の有力者との歓談があり、その後一同客間よりダイニングルームに移動。その際、彼らを信用して書類入れのバッグ(パスポート在中)を客間に置いて移動したのが間違いであった。小一時間の食事会の後、客間に戻ってカバンが紛失しているのに気付き、招待客全員が室内から室外のゴミ捨て場まで隈なく手分けして探したが結局発見されずじまいであった。当時、日本人パスポートは日本赤軍派に高く売れるため、招待客の一人がトイレの窓からカバンを外に投げ家屋の外に待たせた仲間の一人に持ち逃げさせたにちがいなかった。貴重品はパスポートのみ、現金は無かった。

長年友好関係にあった代理店の家で、斯様な窃盗事件が起こるとは夢想だにしなかった。アラブ通のビジネスマンである私ともすれば、全く軽率と言われても何の反論もできないことであった。回教国の教えでは、富める者は貧乏人に施し物を与えるのが美徳と考える経典にあり、又金曜日は警察も金持ちの日本人が旅券を盗まれたくらいで慌てて捜索する必要を感じない所為か、迅速に処理しようともせず土曜日に盗難届を出せと言うくらい悠長な応対であった。

下っ端警察官はいるのだが、書類を書くための英語が分かるどころか、アラビヤ語を読み書き出来る警官もいないのにまったく唖然とした。文盲が多く、能力ある若者は母国に送金するため隣国サウジに出稼ぎ、自国に就職機会が少ないためであった。

警察以外の紛失届出先としての日本大使館がホデイダになく、600km離れた首都サナに連絡するが、休日のため連絡できなかった。旅券再発行の手続きは土曜日にならないと不可能であり、又本社大阪に連絡するも土曜日である為月曜日まで打つ手なし。いずれにせよホデイダでは何の対策も講じられないため、警察に届けを提出し首都サナに行く事を決心した。(首都サナは高度約2200mあり、気候は冬温暖。一流ホテルに滞在している限りは大変快適で6日間の滞在ではテニス三昧であった。)

首都サナ

当時は日本赤軍の首謀者たちがシリアのパレスチナゲリラの保護下で活動しており、日本大使館も簡単に旅券を再発行できなかった時代である。再発行手続きの条件として、イエメンに私風穴武志を身元保証する日本法人が存在する事が必要であった。これは案外大事でした。在イエメン常駐法人会社と言えば2、3社あるくらいであったが、幸いにもわが社の社長の知人に丸紅飯田の幹部がおり、その人の紹介でイエメン現地法人の出張員に身元保証人になって頂くことが出来、保証人の条件は満たせた。

この事件の結果、ホデイダーサナ間を飛行機でなくドイツ製マルセデスで移動することとなった。これが後発開発途上国をさらに深く知る事となった。通常は飛行機で移動であったが、急遽移動するため一日の飛行便を利用する座席を確保できず代理店のサーヴァントが運転する車となった為であった。

断崖絶壁を背景に、表通りは覗き窓のみ直径30cm

ホデイダを出発すると約30kmベージュ色の砂漠地帯をひたすら走った。山岳地帯に入ると浸丘陵地帯が雨水で浸食され、道の両サイドは高さ約100mの切り立った崖、川床の幅は10〜100mの回廊ワジであった。砂漠の商人ラクダのキャラバン隊にとっては非常にありがたい通路で、ワジは至る所バナナ、マンゴ、パパイヤが自生しており、憩いを提供してくれる。当然の事、水・果物・野菜を耕作できる環境は人が生活する環境にもなっている。つまり私を驚かせたのは洪水になっても被害を蒙らない高さ15mのところに洞窟があり、人間が住んでいるということであった。町から40km離れた渓谷に人間が住んでいるとは!

ふと見ると、その高い洞穴の入り口から私たちを見下ろして、10歳位の少年が何やら手に持って差し出しているではないか…好奇心から車を止めてもらい、少年を見上げて声をかけた。「マルハバ!ケファラック!エッシュハザ?」少年は「テボガ?‘ベイダ=卵’‘モウズ=バナナ’、‘オウタ=トマト’…クンロシェイアンドナ=何でもあるよ。’」この渓谷地帯で穴居生活をしている住民がいる。この発見にワクワク気分となり、一気に今までのブルームードがピンクムード。

下町のバザール ホデイダ・サナ間ワジを過ぎ近くで金曜市がある

下町商人の住み家

ワジから高原地帯へつづら折れの無舗装道路を約1000m登り、ある村落に到着。朝食タイムで休憩する。この村落でまた一挙に500年前にタイムスリップ!!‘スウクジュマ’金曜市は、日本でその昔三日市、四日市、十日市と呼ばれたようにある特定の日に市が立つ。その現場にタイムスリップ!!紙幣も使われるが、ほとんどが物々交換決済であった。集まる商品は山岳地帯・ワジ・高原に住む住民からは農産物、家畜、養蜂、乳香、香辛料、ジュウェリィ、木炭、枯木の束、メノウの原石などで都会の商人からは衣料品、家電、ミシン、時計、生地、魚介類の干物などで、取引方法は郊外商人と都会商人の組み合わせが自然に成立する。例えば、ヤギ一頭とカセットテープレコーダ-、乳香と服地等である。興味津々だったのは両者の駆け引きやり取りであった。その表情は実に見ていて楽しかった。この国にはヨ-ロッパの旅行社がツァ-を企画し数多くこの地を訪れるが、この辺境の地で週一に催される中世的な物々交換市は貨幣経済に慣らされてしまった私たちに全く経験したことのない貴重なイヴェントであった。

その後、サナにあるヨーロッパ系の最高のホテル、シェラトンホテルにてプール・テニスの最高の休日が5日間水曜日まであった。

下町のマーケット

参考までに出国までの役所との手続き

日本大使館再発行 ー ホデイダ(入国管理事務所)へ戻り入国した確認 ー 出国許可 ー 1週間の不本意滞在となった。

代理店側の考えは、たかがパスポート再発行してもらえれば問題なし。1週間余分に滞在でき、色んな経験体験が出来よかったじゃないか。長い人生でプラスだよ!ビジネスマンである私には最大の汚点となる事件であり、こういったアラブ人の考えは理解できない事であった。

住む世界が違えば全く理解できない私たちの価値観・人生観。故に気候風土、宗教が異なれば相手の価値観・人生観を容認できないのは当然、郷に入れば郷に従う。この人生哲学を弁えれば世界の人たちが共存できるのだが…時に強者また弱者の倫理が罷り通るのが現実のようである。過去のアラブ諸国に対する常識的な解釈以外に、良きに付け悪しきに付け専制君主国家、サウジ・ヨルダン・イエメン・アルジェ・シリア等貧富の差が大で、高等教育を受けた若者を含め若年層(人口分布をみると25歳前後が最も多い)の高率の失業。更に世界的気象学的天変地異による国際商品相場の高騰が各国の食料価格の高騰を招き、最貧国のみならず産油国までも巻き込んで数年来のチュニジア・エジプト・ヨルダン・イエメン・シリアの反政府運動に繋がってきている。これまでイスラム諸国の為政者はイスラム教のコーランの教えに従い民衆を支配してきた。これからも変わりなく、イスラム化・軍政化から議会制への道のりは遠く険しいが、インターネット・ツイタ―を介して大きな民主化のうねりは今後も続いて行くはずである。

最後に、地球上には資源・文化・科学技術に恵まれず、経済発展に取り残された国がたくさんあり、地球上の人間はすべて平等ではありえない。後発国に旅行されるときは、興味本位でなく弱者の倫理を良く理解の上愛情を持って訪れる事を念じます。また日本大使公館のない地域を訪れるときは細心最大の注意を持って行動されるよう念じます。

68年から88年にかけて、Biz Tripの期間は3.5か月から6か月、
20年間家族を養ってくれたサウジマーケット、ジェッダ市内。
巡礼シーズンは巡礼者であふれる、
普段はローカルの旅人が泊まる木賃宿、1974年

イエメン国、ホデイダ—サナ間の中継基地幹線道路沿いの村落、
スウクジュマ(金曜市)
成人男子はホデイダ(港町)かサナ(首都)に出稼ぎに行っている。市が立つ金曜日早朝
実家に戻ってくる。1976年

私の左側二人目の男、頬っぺたを膨らませているのは、ガッツと言う覚醒効果のある木の葉を歯牙んでいる。

小年達は貧しいがメチャ明るい。
生活のレヴェル、貧しいインフラ

幹線道路の休憩所で、仕事にあぶれなんとなくブラブラして、
通りすがりの人と世間話に数時間費やしている。
みぞおちに帯刀しているジャンヴィルという成人男性のネクタイ
のような物、薄ペラい真鍮製。

注)
後発開発途上国(LEAST DEVELOPED COUNTRY):
* 所得$750以下
*人的資源 HAI HUMAN ASSETS INDEX
*カロリー摂取、健康、識学率
イスラム教の休日:金曜日