「はじまりの日々」安積 伸(高36)

はじめまして、36回生の安積伸と申します。

私は現在ロンドンに住み、プロダクト・デザイナーとして自身のスタジオを運営しながら、家具や家電製品など生活機器のデザインの仕事をしています。

これまでのリレーコラムを読んでお気づきの方も多いかもしれませんが、星陵高校の卒業生には、美術関系に進んだ方が多くおられます。
その全てが美術部員であったわけではないとは思いますが、多くは美術室に片足を踏み入れ、あの教室のもつ魅力的な妖気にあてられたのではと想像しています。私もそのひとりです。

私が美術部に正式に入部したのは2年生になってからでした。

1年生の頃は中学時代に引き続き吹奏楽部でサクソフォンを吹いていましたが、溢れくる表現衝動は抑えがたく、同志とバンドを組み星陵際のステージで頭からトコロテンをかぶって「キモチイー」と叫ぶなどの奇行パフォーマンスをしていました(バカです)。客席は大いに引いていたと思います。

そのようなやり場のない私のクリエイティブ・パッションに一筋の道を与えてくれたのが、西沢先生と美術部の友人たちでした。絵をかくことが好きで、漠然と「将来は美術方面に進めたらいいなぁ」と思ってはいましたが、美術部に入部し、そんな私の思いは決定的になります。

美術部に入って初めて油絵の具で絵を描きました。溢れ出る衝動をぶつける対象を見つけた私は幸せでした。絵を描く快感・充実感は、あとにも先にもあのころが頂点だったように思います。
夏休みも自転車をこいで学校に行き、誰もいない校舎で朝から黙々と絵を描いていたことを覚えています。

美術部の一年先輩にはこのリレーコラムで先に寄稿されているHさんがおられましたが、作品は既に超高校級でした。
その衝撃を言葉にするのは難しいのですが、私の静物画がモチーフ(対象)を描いているとすれば、Hさんのリアルな静物画には透明な「空気」が描かれていました。
描写力といい、その視点といい、私にはないものばかりで、嫌がうえにも「君は誰で、何が出来るの?」と問い詰められている気持ちになりました。

また忘れてならないのが美術教官である西沢先生の存在です。良くも悪くもリラックスした先生でしたが、今にして思うと、ともすれば怠惰な我々生徒を煽ってたきつけるのがうまかったのではないでしょうか。
まさに、キヨシローの歌う「僕の好きな先生」でした。

美術部で絵を描き批評会を繰り返す中で得た西沢先生の言葉で、今も釘のように刺さっているフレーズがあります。

「それで許せるんかー?」

私の絵の中途半端な部分を指して何度も言われた言葉ですが、曲がりなりにも「作品」を作る人間としての基本的な心構えでもあり、目標を高く持ってさらに先に進むためにどうするか考えよ、という教えでした。
以降「それで許せるのか?」という自問は今に続くことになります。

今でこそプロダクト・デザイナーとして仕事をしている私ですが、高校時代はそのような職種があるということはほとんど知りませんでした。

ただ、思い返すと今に続く「種」の様な経験は既に数多くあったように思います。
美術部で夏休みに経験した塑像制作はまさに「立体造形」という新しい扉を開いてくれました。
2年生の秋、中間試験直前の切羽詰った時期に見に行った映画「ブレードランナー」は、米国のプロダクト・デザイナーであるシド・ミードが美術デザインをしたもので、このとき初めてこの職業を意識しました。近未来都市に飛び交う車や機器のイメージは圧倒的で、熱に浮かされたようにその魅力を語る私に、友人は呆れていたのを覚えています。

実は最近、「高校美術1」(光村図書出版・現行版)の教科書に私のデザインした家具が掲載されるという事がありました。
私が高校生の頃「プロダクト・デザイン」というカテゴリーの作品が美術の教科書に載っていた記憶は、もちろんありません。
高校の美術教育もずいぶん変わったものだと驚きますが、かつての自分、そして同じような思いを秘めつつ今を生きる高校生たちに向かって何かエールを送ることが出来たような、不思議な気持ちになりました。

高校卒業後私は芸術大学に入学し、卒業と同時に情報機器の企業に勤めるプロダクト・デザイナーとなり、英国に渡り修士課程を修了、そのままロンドンでデザイナーとして独立しました。それから今に続く試行錯誤・紆余曲折、アップ・ダウンは色々ありすぎて長くなりすぎますので、ここでは割愛させていただきます。

最後に、私がデザインを手がけ日本でも目にすることの出来るいくつかの作品を紹介して終わりとさせていただきます。
どこかでこれらを見かけたら「星陵高校の卒業生が手がけたモノだな」と少しでも思い出していただけたら幸いです。

LEM stool
座面とフットレストが一本のループ構造でつながったハイスツール。ロンドン・アムステルダム・ヘルシンキなどの空港ラウンジや、バーなどでもよく使われています。
Produced by Lapalma (Italy)

Megaphone ER-1106
ホーン部に透明素材を採用したメガホン。
災害発生時にテレビで目にした、とは友人の談。
Produced by TOA (Japan)

ZA Bench System
高校美術の教科書に掲載された作品がこちら。
合板の三次元成型という新しい技術を用いたデザイン。
Produced by Lapalma (Italy)

Frecious Dewo
ウォーターサーバー。2014年10月に発表された最新作。
シンプルな外見と使い心地のよさを両立させました。
Produced by Frecious (Japan)