「デザイン思考とシステム思考で経済社会の求める人材育成」岸上 龍平(高23)

はじめに
卒業してからあっという間に45年が過ぎました。高校時代は、コーラス部に所属していました。
大学では、クルージングクラブ(外洋ヨット)に所属して、大学より海上にいる時間が長かったように思います。そんなわけで、社会人になるきっかけも就職した会社に外洋ヨットがあり操船できる社員もおらず、ちょうどいい人材といった感じでアパレル企業に入社しました。不純な動機です。
入社から20数年を経て神戸の産業支援の「財団法人神戸ファッション協会」に出向して、ファッションビジネスを目指す若者を海外の芸術系の大学やファッション系の学校へ1年間留学支援するコンテスト「神戸ファッションコンテスト」の運営を10年ほど担当しました。その時に、ファッションビジネスに関わるテキスタイル、皮革、靴、バッグ、縫製、染色などの関連産業の方々にお願いしてコンテスト作品(服、靴、バッグなどの製品)の製作支援をしていただきました。出来上がった出品作品は、若者の手作りではなく、メーカーのプロが素材や縫製等で製品化しただけに素晴らしい出来上がりでした。デザイン力を産業力によってより価値のあるものに仕上げることができました。この取り組みには、参加企業関係者から思った以上の喜びのお声をいただきました。普段、直接デザインに関わる若い感性に触れる機会が少なく、新鮮で新しい提案を直接聞くことができ大きな反響でした。
この10年、イギリス・フランス・イタリアに出向いて大学や学校関係者と接する機会があり、学校自体が産業の為に人材を育成するという姿勢が明確なことに驚きました。それが、『産業力とデザイン力の融合』という私のテーマになりました。すべては産業ありきです。それをベースにデザイン力で活性化すると言えます。その後、出向先で50歳を迎えたのを節目にやっと勉強する必要性を感じて神戸商科大学経済学研究科(現兵庫県立大)の修士課程に社会人入学しました。この時の担当教員が恩師の加藤恵正先生で、経済地理学を専門とされており、私も地域産業の活性化に取組むことになりました。修士論文のテーマは、「『産地企業の再生』その視点と可能性~ファッション産業のモジュール化~」です。
これが、地域再生に取組むスタートとなりました。

企業人から大学教員へ
人生、何がきっかけになるかわかりません。それまで、女子短期大学や芸術系大学の非常勤講師を5年ほどさせていただきましたが、常勤で女子大学の教員になるとは思いませんでした。現在、神戸親和女子大学文学部総合文化学科教授として6年目になります。当初は、就職部長として学生の就職に関わる仕事中心でしたが、後半からは、大学側に配慮いただきゼミも担当することになり専門のマーケティングでイノベーションにプロジェクト形式で取組んでいます。
ゼミのテーマは、「創造的イノベーション=デザイン思考×システム思考」です。このテーマの背景は、「神戸ファッションコンテスト」で経験した産業と若い者たちとの連携で実現した『産業力とデザイン力の融合』の実体験です。それをゼミのテーマにすることで、経済社会から求められる人材の育成に取組むことができると確信しました。残された任期は、あと4年ですが、記録としても形に残す必要もあり、それまでには論文の執筆もしっかりと取組む覚悟です。おかげさまでデーターや資料の蓄積はできましたが、フィールドワークや講義準備や就職指導など学生と接する時間を言い訳にして手つかずのままになっています。
また、この5年間で20件以上の地域や企業のイノベーションに取組んだ経験から、若い世代が経済社会で活躍できる可能性を感じることが多かったです。また、コンテストで産業と若者をつなげた経験は、何よりの刺激になりました。文部科学省も「自ら考えて行動する人材」と言うように、プロジェクトに関わり活動することが何よりも育成になり、自主性と自信の気づきになりました。また、失敗も多く経験する機会があります。それは、地域も企業も経験豊富なベテランによる既存勢力のマインドセット(既成概念や思い込み)が現状からの変化への大きな壁になっている場面に遭遇する機会が多く図太さも身につきます。そこで、この場をお借りして、ゼミのテーマを中心に“これまで通り”が通用しない現代社会でのイノベーション(変革)の取り組みについてお話させていただきます。

若者が取り組むイノベーションの可能性
私は、先に述べたようにマーケティングのゼミを担当しています。女子大ということもあり、マーケティングを学ぶのが全員はじめてです。他大学の男女共学校での経験から、特に若い世代は女子学生の方が新しいことへの対応力は高いです。心理学の教授に聞いたところ、「男性脳は、情報を集めてしっかりと分析してから行動する。女性脳は、ひらめきや自由な発想で創造性が高く行動力がある。」と、確かに当てはまるところも多かったように感じます。それぞれの特性と役割があるのではと感じます。
男女の特性はともかく、地域や企業は、従来以上に今までにない新たな取り組みへの関心と要望も多く、多くのプロジェクトが実現しました。時代の流れに助けられたと言えます。では、実際にどのように取組むか、具体的な論理性も必要になります。そこで、「デザイン思考」と「システム思考」を活用することにしました。

「デザイン思考」とは
私がこの考え方に出会ったのは、アメリカのデザインコンサルティング会社のIDEO(アイディオ)のCDOティム・ブラウン著『デザイン思考が世界を変える』を読んでからです。内容は、イノベーションに取組むのに一人ではなくプロジェクトで課題解決策を生み出す方法です。そこでは、「経済的実現性」「技術的実現性」「有用性」の3つのすべてを解決するのではなく、バランスを取ります。そして、なにより大切なことは、「デザイン思考のプロセス」に沿って考えることです。

上の表は、筆者が「スタンフォード大学ハッソ・プラットナー・デザイン研究所」の資料に「1.ビジョン」を付け加えて作成したものです。
ゼミでは、この1~6の流れに添ってプロジェクトを運営して地域や企業の問題発見と課題解決に取組んできました。特にこの流れで大切なことは、「2.共感」の部分です。これがなくては、問題発見もあり得ません。そして、「5.試作」でのプロトタイプ作成も重要な役割をしてくれます。速さと簡単さで作る視覚に訴えるプロトタイプは、文字だけでは表現できない人間の感性に伝わり易い大切な働きをします。詳しくは、ぜひともこの本を読んでいただければと思います。
※色画用紙や空き箱で作成したプロトタイプ、速さと数作ることが大切。
画像左:ドレッシング 右:シフォンケーキ

「システム思考」とは
3年前にティム・ブラウン著『デザイン思考が世界を変える』と共にピーター・M・センゲ著『学習する組織』をゼミの課題図書として使いました。そこではじめて、学習する組織で「システム思考」という言葉を知りました。それから、関係図書を読むうちに「システム思考」を日本に広めようと尽力されたチェンジ・エージェントの枝廣淳子氏の本に出会いました。枝廣淳子+内藤耕 著『入門!システム思考』では、社会や人間が抱える物事の状況を目の前の要素だけでなく、それぞれの要素とその「つながり」が持つシステム(全体)として、その構造を理解すること。「物事や状況の全体像を把握し、小さな力でも大きく構造を動かせるポイントを見つけ、変革をデザインする方法論」とあります。
その中で「システム思考の7ヶ条 」があります。
1.人や状況を責めない
2.できごとではなく、パターンを見る
3.「このままのパターン」と「望ましいパターン」のギャップを見る
4.パターンの引き起こしている構造(ループ)を見る
5.目の前だけではなく、全体像とつながりを見る
6.働きかけられるポイントをいくつも考える
7.システムの力を利用する

人は、目に見える現象だけにとらわれがちで、水面下の部分に意識がいきません。そこで、「システム思考」は、分析型の一方向からだけで物事を見るのではなく、多方面から変革をデザインすることを勧めています。

まとめ
この二つの思考法「デザイン思考」と「システム思考」を女子大生が活用することは、一見難しそうに思われるかもしれません。ところが、バブル時代も右肩上がりの高度成長期も知らない、非常にバランスの取れた人間性のきれいな世代で、もとから「世の為人の為」「共生」「共感」を身につけているだけに、自然体でプロジェクトに取組み二つの思考法を活用しています。
教育も企業も若い世代の価値観に触れて、これからの社会を担う人材として活躍の場を広げることが大切です。従来の価値観を教えたり伝えたりするだけでなく、彼らの感性から新しい価値の構築を目指すことが求められます。経済社会が若い世代に「失敗を恐れず新しいことに取組み提案できる環境」を提供することこそが、持続可能なこれからの社会を支えるものと信じております。
これを機に、私の充分な説明ではない少しだけのつたない紹介で恐縮ですが、「デザイン思考」「システム思考」の関係図書をお手に取っていただければ幸いです。仕事だけでなく、あらゆる分野で活用できる考え方です。

<参考資料>
「デザイン思考が世界を変える」著:ティム・ブラウン 発行:ハヤカワ・ノンフィクション文庫、
「入門!システム思考」著:枝廣敦子+内藤 耕、発行:講談社現代新書
「学習する組織」著:ピーター・M・センゲ 発行:英治出版
「世界はシステムで動くいま起きていることの本質をつかむ考え方」著:ドネラ・H・ドウズ 発行:英治出版