「私の”星陵らしさ”とは?」鎌田 誠一郎(高37)

皆さん、こんにちは。37回生の鎌田誠一郎と申します。

高校時代はアメリカンフットボール部に所属しておりました。当時のチーム名は「ABNORMALS(アブノーマルズ)」といいました。高校のスポーツチーム名としては今なら不適切とされそうですが、昭和50年代は今より寛容な時代だったのかもしれません。失笑されことはあっても、ご父兄や先生方から変更するよう言われたことはありませんでした。私はこのネーミングについて、先輩方のユーモアや何か若者の反骨心のようなものを感じていて、今でも好意的に捉えています。一方で学校外の人たちからは「風変り」であると思われていたのも事実のようです。他県のあるチームと対戦した時のこと、試合後の握手の際、相手選手から「まともな人たちで良かった!」と感心?されたりもしました。また、ある大きな試合に出場した時のこと、場内アナウンスで「次はアブノーマルズの攻撃です。」と何のためらいもなく流れていたことを思い出すと何ともおかしく思えます。

さて、その頃のアメフト部ですが、部員が30人ほどで、監督やコーチはおらず、日々の練習においては諸先輩方から代々伝わるプレーブックなどを基に上級生がプレー内容やトレーニング方法を勉強し、下級生を指導するという状況にありました。部活動のほぼ全ての運営を生徒たちがやっておりましたことは、さきほどお話ししたネーミングからも想像いただけると思います。

あの頃のことを今から思い出しますと、生徒達だけで日々苦痛を伴う練習をしながらも、互いに叱咤、激励し、アブノーマルどころか実に理性的で、部員たちの人間関係が極めて良好であったことは実に美しく、微笑ましいことだったと思いますし、この環境の中で部活動を行うことができたことは本当に幸せだったと思います。もちろん先輩方から厳しい指導もありましたが、しんどい時でも笑いがあって、私にとっては部員たちの「ユーモア」や「寛容さ」を感じることが多く、この環境で育ったことは自分の価値観の形成に大きく影響を及ぼしたように思います。

私は大学卒業後、一般企業に就職し13年間の勤務を経て、平成14年に神戸市中央区にて起業しました。最初の事務所はJR元町駅北側すぐの場所で目の前に神戸生田中学校があります。実はそこが神戸四中発祥の地ということをこの時に初めて知りました。コラム的には「発祥の地で起業を決意しました!」の方が格好いいですが、全くそうではなく、ただ立地の良さに感心していましたが、その後の数年間で高校時代の友人たちに多く再会し、今もお付き合いしていることを振り返りますと、この場所はいいご縁をつないでくれたようにも思います。

さて、「発祥の地」前で始めた私の仕事は「eラーニング」というものでしたが、この頃は現在のように家庭内にパソコンやインターネットが普及していないせいか、全くうまくいかず、今思えば家族や友人にかなり心配をかけていたようです。私自身はこの仕組みが教育を変えると信じていましたが、周囲の人に話しても全く理解してもらえないこともしばしばでしたし、ある教育の専門家の方から「そんなものは普及しない。跳び箱なんて教えられないでしょう。(実際はもっと酷い言い方でしたけど…笑)」と言われたこともありました。

そんな逆風の中でしたが、意外にも?その仕事を続けることができていて、おかげさまで小さいながらも今年15期目を迎えることになりました。ITど素人の私がこれまで仕事を続けることができたのはなぜかと考えますと、技術や知識などではなく、結局は家族、知人、友人といった周囲の「ヒト」の存在や関係が大きかったように思います。家族は起業当時、経済的に厳しい状況だったと思いますが、やめろとも言わず、私を支えてくれましたし、知人、友人は実績も何もない私にとても親切に声を掛けてくださいました。近所の知人から「私にできることなら何でもやりますからおっしゃって下さい。」という言葉をいただいたことは当時とてもありがたく、今でも印象強く心に残っています。

高校の友人たちはどうかというと、何かと私を連れ出しては、色々な人に会わせてくれたり、食事に誘ってくれたりと、よく私を激励、応援してくれました。それまであまり付き合いがなかった友人たちともこの頃から交流することが多くなり、良き人物とも出会い、先輩経営者からは色々なことを学ぶことができました。やはりここでも星陵高校の人たちは「ユーモア」と「寛容さ」を持った人が多いことを実感しましたし、このことは私の思う星陵高校についての誇りでもあります。たぶん、多くの星陵OB・OGの方がお感じになっていることかもしれません。「立志は特異を尚ぶ」(志を立てて何かをしようとするならば、人と異なることを恐れてはなりません)冒頭のアブノーマルズはここで言う特異であることを目指したのであって、我が校はそれを受け入れることができる「ヒト」として優しくて素敵な人物を多く輩出してきたと思います。

最後に近況報告をひとつ。昨年、ある学校法人から跳び箱のインターネット教材を作成する機会をいただきました。先生の解説が分かりやすく、「なるほど!」と思う練習方法が紹介されていて、専門家の予想に反して?いい教材に仕上がりました(笑)。残念ながら、私はその効果を発揮する機会はなさそうですが、この教材が生徒さんたちにとってネットの中の素晴らしい先生に出会えるきっかけになってくれればうれしく思います。